
2019年の洪水を再現した109時点から、街の起伏と水深の変化を読む。
ベネチアのサン・マルコ広場では、水が広場を覆うと、人の通り道が細い仮設歩道へと変わる。カフェの入口、寺院の床、運河沿いの建物。数十cmの高低差が、そこで暮らし、働き、建物を守る人たちの行動に関わる。
2019年11月12日、イタリアのベネチアを大きな高潮が襲った。ここでは、その日の洪水を再現した研究モデルを用い、11月12日から13日にかけての水深の変化を本島の地図に重ねる。過去と近年の現地記録もたどると、「水の都」という言葉の中にある、具体的な高さと仕事が見えてくる。

高潮で水に覆われたサン・マルコ広場。ベネチア、2019年11月12日。 Ministero dell’interno / Vigili del Fuoco · 出典 · CC BY 3.0 · 加工なし。
2019年11月12日、水が寺院に入った夜
ベネチア市のプンタ・サルーテ・カナル・グランデ観測所は、2018年10月29日に156cm、2019年11月12日に187cmを記録した。基準はベネチアで用いられるZMPSという潮位基準面である。街路や床の上の水深は、その地点の地面の高さによって変わる。ベネチア市・潮位記録サン・マルコ寺院の保全担当建築家マリオ・ピアーナは、2019年の高潮で寺院の床上に約40cm、地下聖堂には70cmを超える水が入ったと記している。潮位という一つの値が、低さの異なる室内では別々の水深となって現れた。Mario Piana「Acque alte e restauri」
36時間の水を、街の高さとともに読む
今回の地図は、Schlumbergerらが公開した2019年洪水の研究モデルをもとにしている。全域を一つの計算条件で扱う親モデルから、20分ごとの109時点を取り出した。水深が変わる場所を見比べると、街の高さと水の広がりを時間の中で追うことができる。モデルは、観測された潮位や地形を計算へ結び付け、建物や暮らしへの影響を検討する手段になる。街全体を守る設備と、入口や床を守る工夫。それぞれが働く場所を具体的に考えるためにも、ある時点の高さだけでなく、水が届いて引いていく過程が手がかりになる。Schlumberger et al., NHESS(2022)

2019年11月13日00:00 CETのモデル再現。青は地上の計算水深2cm超。
水が引いた後に、塩が残る
海水を含む水は、引いた後も建物に影響を残す。石材やれんが、モルタルに入り込んだ塩分が結晶化する過程で、材料の劣化が進む。保全記録には、床を真水で洗い、石材から塩を取り除き、浮き上がったモザイクや大理石の小片を安定させる作業が記されている。水面が下がる時間と、建物が回復する時間には、大きな隔たりがある。広場を埋める水の写真からは、その後に続く細かな手仕事まで見ることは難しい。けれども浸水の場所を寺院の床や地下聖堂へ結び付けると、記録された高さが、残すべき材料と修復する人の仕事へ近づいてくる。
大きな防潮設備と、低い広場
2024年3月9日の現地映像は、水のたまったサン・マルコ広場と、そこを渡る仮設歩道を伝えている。同日の市の潮位極値は93cmだった。2025年10月23日にも、現地取材はカフェ・クアドリ周辺などへの浸水を記録した。この日の潮位は、市の極値表とMOSE稼働時の観測表の双方で、9時20分に93cmとなっている。RAI・2024年3月9日 / RAI・2025年10月23日ラグーンへの水の流入を抑えるMOSEと、個々の建物や広場を守る設備は、異なる広さで働く。2025年4月、サン・マルコ寺院は、運河側の地下部分を守る防水工事の完了を報告した。内部の止水壁や水密の建具を整える工事で、広場側と側面のガラス防潮壁に加わる対策となった。Procuratoria di San Marco・2025年4月

マラモッコの海の入口で、起立試験中のMOSEの可動防潮堤。ベネチア、2020年5月31日。 Fusi Sandro · 出典 · CC BY-SA 4.0 · 加工なし。
高さを知ることが、街を守る手がかりになる
2019年の大きな高潮と近年の広場の浸水を並べると、街全体に関わる水位と、局所の低さの両方を見る必要があるとわかる。記録は、いつ、どこに水が届いたかを残す。そして標高や防潮設備の資料は、その場所で何が対策となり得るかを考える手がかりになる。広場を横切り、店に入り、歴史ある床の上を歩く。その日常を維持するために、ベネチアでは水の高さを測る仕事と、建物を守る仕事が続いている。地図上の小さな印をたどると、海と街の関係は一軒の入口や一枚の石の高さまで具体的になる。
データと表現
対象: 2019年11月12日01:00〜13日13:00 CET。36時間、20分間隔、全109時点。SLR0親モデルの洪水再現。主図: 青は陸地上の計算水深2cm超。0.02〜1.2mの共通尺度、1.2m以上は上端色。動画は20秒・30fps、出力間の水深を線形補間。
地形: 元モデルの格子点標高を元の面の内部で線形補間。陸地0.5m・海底1m間隔の等高線。海底には約48mの表示用平滑化、陰影には見やすさの強調を適用。斜線部分には地形を補わない。
操作地図: 全109時点を選択可能。PNGのRGに水深cmを保存し、最大丸め誤差は0.005m。位置を押すと座標とモデル水深を表示。
検証と範囲: 36,986,602,432 bytesの完全ファイルから全109時点を照合。取得上の欠損は解消。細い街路・メッシュ外・モデルの局所不安定性や検証資料の限界は研究上の留保。対象は2019年の1イベント。
出典・利用: Schlumberger et al., NHESS 22, 2381–2400 (2022)と論文記載のモデルデータ。CC BY 4.0。SORAHによる抽出・補間・配色・表示用平滑化・動画化。陸地形状:Atlante della laguna di Venezia / Terre emerse(提供元の利用規約)。原著者による推奨・公認を意味しません。
出典
執筆者
SORAH Editorial
2026年10月18日



